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2015/9/28

Vol.32  「ポルトガル世界遺産の旅」

 
9月20日にポルトガル旅行のために羽田空港を飛び立った。シルバーウィークとはいえ1週間の休診のため、前の週は毎日70人以上の患者さんで、非常勤の先生に助けを借りて、なんとか乗り切った。しかしその疲れのためか、羽田空港のラウンジで麻痺性腸閉塞の発作の前兆を感じたので、飛行機の中では水分以外取らない状態で過ごした。そのお陰で、パリについたときは、ほぼおさまっていた。食事はできなかったが、映画は邦画を三本楽しんだ。「龍三と七人の仲間たち」「ビリギャル」「駆け込み女と駆け出し男」。どれも面白かったが、「ビリギャル」がなかなか感動的だった。
 
パリ経由でリスボンに夜の10時30分過ぎに着いた。頼んでおいた日本人ガイドの石田悦子さんが、空港に迎えに来てくれていて、車でフォーシーズンホテルへ。ウェルカムフルーツが部屋にあったが、目もくれずに風呂に入ってバタンキュー。

次の日朝食後カードキーが開かないトラブルが2回もあり、ドライヤーのコンセントがわからなかったり、バスタブが排水されなかったり、トランクを取りに来てくれなかったりのトラブル続きで、ホテルを後にした。
 
 
  

 
ポルトガル最初の観光は、リスボンから車で北へ約一時間のオビドス。そこで現地ガイドのロザリオさんと合流した。イタリアでもそうだったが、日本人は正式のガイドにはなれないので、観光する時は、必ず現地ガイドが付くとのこと。1288年にディニス王からイザベル王妃に贈られ、以後1833年まで代々王妃に受け継がれた街で、その美しさで「谷間の真珠」と呼ばれている。城壁に囲まれた街で、入口にポルトガルの伝統装飾タイルのアズレージョで飾られた(写真1)城門ポルタ・ダ・ヴィラからはいると、中は土産物屋が並び、ブーゲンビレアなどの美しい花が咲き乱れる石畳が続いていた。中世のコレラの医師の感染防御服を着た人がいて、スターウオーズのダース・ベーダーのようだった(写真2)。コルクのお土産屋でコルクのネクタイを買い、サンタ・マリア教会の中を見て歩いた。石焼き竃で丁度パンを焼いているのを見られたのは、興味深かった(写真3)。城壁からの眺めも美しかったが、城壁に手すりがなく、無理に歩いて落下する人が毎年何人かいるとのこと。
次の街はナザレ。イスラエルのナザレから木製のマリア像を持ち込んだことから、その名がついたとのこと。そのマリア像は、ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会に安置されている。美しい海岸線を持つ漁師町で、海は本当に美しかった(写真4)。昼食の魚介類の雑炊が美味しかった。
 
 
  

 
そこから車で30分内陸に入ったところにある、アルコバサは、世界遺産のサンタ・マリア修道院(写真5)がある。ポルトガルの始祖アルフォンス1世が、ローマ教皇の信頼を得るために、シトー派の修道士に分譲した地で、それらの修道士達の力で発展してきた街である。アルフォンス4世の息子ペドロ1世が政略結婚したカスティーナ王国の王女コンスタンサの侍女イネスに恋をしたために政変が起こり、イネスが暗殺されてしまうという悲劇が起こった。サンタ・マリア修道院には、そのペドロとイネスの墓が向かい合わせに安置してあり、その棺にはキリストの一生や聖セバスチャンの一生が細かい彫刻で表されていた。回廊を見物していた時に、アルコバサ出身のカウンターテナー ジャオ・フェレイラが一室で演奏会を開いており(写真6)、その素晴らしい歌声に聴き惚れてしまい、ついCDを買ってサインまでしてもらった。
 
 
  

 
その日はコインブラまで行って、市内のホテルに宿泊。旧式の手で開けるエレベーターで、部屋に歯磨きセットもスリッパもなく、JALから持ってきたそれらの物が役立った。近くのレストランで食べた塩鱈のブイヤベースはいまひとつだった。
 
 
  


22日午前中は、コインブラ大学観光。この大学も世界遺産に登録されており、多くの観光客が訪れていた。丁度新学期が始まったところで、プラッシェというマント(ポルトガル語でcapa。日本語のカッパ合羽の語源)を着た上級生が、新入生に無理難題を行わせる行事があちこちで行われており、変な格好をして行列させられたり(写真7)、歌を唄って行列させられたりしていた。これは、昔 からの文化として受け継がれているらしい。しかし、そのために海岸で波にさらわれて死亡したり、人権問題で裁判沙汰になったりもしているそうだ。
コインブラは、イスラムからキリスト教徒がイベリア半島を取り戻したレコンキスタ後、 アファンソ・エンリケスが1143年首都として ポルトガル王国を建国した歴史のある街である。1270年(日本はまだ鎌倉時代!)に前身のリスボン大学がディニス王によって創られ、1537年にジョアン三世により、正式にコインブラに大学が創られた。大学内にある728年に建造されたジョアン王図書館(写真8)は約6万冊の蔵書があり、中にはコウモリが今も住みついているとのこと。サン・ミゲル礼拝堂は改修中で、有名なバロック時代のパイプオルガンも見ることが出来なかった。大儀式に使われる博士の間には歴代王の肖像画が掛けてあり、明日の式典の準備をしていた。驚いたのは、大学内に独房があり、学牢として大学が独自の戒規で運営していたことを示していた。学生が歌うファドのビデオを見たが、夜の旧カテドラル前に黒いマントを着た学生達が集まって、独特のコインブラ・ファドと呼ばれるセレナーデなどを歌っていた。
 
サンタ・クルス修道院は、アウグスティノ会の修道院で、内部が美しいアズレージョのキリストの十字架を掘り出した物語にうめつくされており、聖アウグスティヌスの肖像画が飾られていた。隣のカフェで食べたご当地のお菓子クルジオスは、美味しかった。
 
 
  


その後、一路ポルトへ。2時頃着いて、食べたタコライスは、なかなかのものだった。サン・フランシスコ教会は、金泥を塗った木彫りの彫刻で埋め尽くされており、モロッコでのフランシスコ会の5人の殉教や長崎西坂の丘での26人のキリスト教徒の殉教(秀吉のキリシタン禁止令により、6人の外国人宣教師と20人の日本人が1597年に磔になった事件)の場面などがあり、なかなかの迫力だった。ハリーポッターを書いたローリングが通い、世界で美しい三大書店の一つとして有名なリヴラリア・レリョへ行った。中は曲線の美しい階段や、天井のステンドグラスなど一見の価値があった(写真9)。入るのに3ユーロ取られるが、本を買うと3ユーロ値引きしてくれるので、書店の案内書を買った。ドンルイス一世橋のたもとまで行って見た風景は、るるぶのポルトガル案内の表紙を飾っていた世界遺産の旧市街のレンガ色の屋根の家々であった(写真10)。ちなみに地球の歩き方の表紙はナザレの街だった。ドロウ川縁に、ポートワインで有名なワインセラーSandemanがあり、見学ツアー、試飲、購入という一連の流れに身を任せた(写真11)。
 
 
  

 
泊まったホテルは暗い感じの狭いシティホテル。近くのレストランで食べた豚肉料理も、量が多くあまり美味しくなかった。

翌23日は、ポルトから列車でリスボンのサンタ・アボローニア駅まで2時間45分の旅。朝ホテルにトランクを取りに来てくれた運転手のパウロさんは、すでにリスボンの駅で待っていてくれていた。近くの日本料理屋の「米」で、かき揚げ丼定食を食べ、ロカ岬へ向かった。
 
 

 
ロカ岬は、天気が良くてとても美しい海だったが風が強く、地の果ての感じがした(写真12)。観光案内所で、詩人カモンイスの「ここに地終わり、海始まる」の言葉が書かれた市長名で発行する最西端到達証明書(写真13)をゲット。そこからシントラへ行き、王宮を見学してリスボンのフォーシーズンホテルに再び戻ってきた。ガイドの石田さんが、前回泊まった時のトラブルをホテルに言っておいてくれたお陰で、部屋がグレードアップされていた。夜はクラブ・デ・ファドに食事とファドを聴きに出かけた。ファドは、クラシックギターと12弦のポルトガルギターを伴奏に、哀愁漂う曲を歌手が独特の発声と節回しで歌うポルトガルの大衆民謡で、日本の演歌の雰囲気を感じさせた。ファドも、世界文化遺産に認定されている。
 
 

 
24日はリスボン市内観光で、世界遺産のベレンの塔、ジェロニモス修道院と大航海時代の象徴であるエンリケ航海王子の没後500年の1960年に建てられた発見のモニュメントを見て回った。ジェロニモス修道院は、ヴァスコダ・ガマのインド航路発見を記念して造られた礼拝堂を元に、マヌエル一世が1502年より巨万の富を投入して、300年以上かかって19世紀に完成したポルトガル建築の最高峰である。ヴァスコダ・ガマとポルトガルの大詩人カモンイスの石棺が安置してあった。近くのバスティス・デ・ベレンで食べたエッグタルト(写真14)は、評判通り抜群においしく、焼きたてを求めて、多くの観光客で賑わっていた。この店の経営者が、修道院で作っていた秘伝のレシピを譲り受けて作っているもので、未だに3人の関係者しかレシピを知らないという石田さんの説明。
 
昼食は、地元の人が通っている小さなレストランでイワシの塩焼きを食べた。オリーヴオイルと酢をかけて美味しかったが、醤油と白いご飯が欲しかった。

サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台から、旧市街やサン・ジョルジェ城が一望でき、美しかった。展望台の横にあるサン・ロケ教会はイエズス会の拠点で、ザビエルがアジア布教に出立する絵画や長崎西坂の丘で殉教した日本人の彫刻があった。また、ガイドさんが頼むと、日本人の観光客にだけ奥の部屋を開けてくれて、そこにはザビエルが日本で布教している絵、坊さんと討論している絵などが飾られていた。

グルベンキアン美術館に、ルノワールのクロード・モネ夫人像を見に行ったが、エジプト、ギリシャ、ペルシャ、トルコ、中国などの美術品も年代順に展示してあり、日本の江戸時代の漆製品やアール・ヌーヴォーのガラス製品なども面白かった。

夜は、東京大学の男声合唱団コールアカデミーの後輩で、リスボンの日本大使館の公使をしている高川定義さん(前もって連絡を取っていた)が、ホテルまで迎えに来てくれて、ブラジル人がやっているアーロン寿司へ連れて行ってくれた。鯵のたたきや茄子の味噌田楽など美味しかったが、残念ながらまた麻痺性腸閉塞の軽い発作が起きていたので、あまり食べられなかった。高川さんは、以前にもコインブラで2年過ごしたことがあり、ポルトガル語もペラペラで、セイリング、テニス、個人のヴォイストレーニングなど、ポルトガル生活をエンジョイしていた。ポルトガル人は、穏やかで親切で、住みやすい所だそうだ。ポルトガルの歴史にも詳しく、「ポルトガルは、インドの胡椒、ブラジルの金、砂糖によって非常に豊かになったのに、国王が金ピカの修道院や教会にお金を注ぎ込んで、近代化が遅れてしまった。」トリビアは、「スペインの無敵艦隊が戦っていた時代は、スペインに統合されていたのでリスボンから出航した。最近の地球の歩き方には載っているようだが、ザビエルが日本に行った時にキリスト教に改宗した鹿児島のベルナルドは、ポルトガルまで来てコインブラで 勉強した日本人最初のヨーロッパへの留学生。」などいろいろ興味深い話をしてくれた(写真15)。遅くまで話し込んで、来年の5月のコールアカデミーOB有志によるパリ演奏会での再会を約束して別れた。
 
 

 
今回のポルトガル観光では、ロカ岬が一番感動的だった。それよりも、ヨーロッパ旅行は何処でもそうだが、歴史の深さ、すざましさを感じさせてくれた。ポルトガルの歴史に無知だったこともあるが、スペインに統合されていたとか、ナポレオンと3回戦って、イギリスのウェリントン将軍の援軍で勝てたとか、その時に国王がブラジルに逃げ込んで帰ってこなかったとか、知らなかったことばかりだった。カトリックのいろいろな宗派を勉強し、ポルトガルはマリア信仰が強い国だと言うことを学んだ旅行でもあった。またいつものことながら、日本人ガイドが力強くその場所で生活しているのも感動的である。石田さん(写真16)が「ハプスブルグ家は、ポルトガルからお妃をもらって、その持参金で立て直した。」と話す時は、ポルトガル人になりきっているなと感じられた。
 
 


帰りのJALで見た「Woman in gold」「ボーイソプラノ」は、どちらも楽しめた。「Woman in gold」は、ナチスに略奪されたクリムトの「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」を、姪のマリア・アルトマンがオーストリア政府と法廷闘争をして取り戻すという実話を描いたもので、見応えがあった。「ボーイソプラノ」のハレルヤのソロでハイCの更にオクターブ上のDの美しい歌声に、圧倒された。
 
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