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2013/3/2

Vol.24  「カーネギー・ホールへの道」

 

 カーネギー・ホールで歌わないかという話が合唱団総務の三木さん(弁護士)から話があったのは、去年のはじめの頃でした。カーネギー・ホールは、鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーが1891年に建て、チャイコフスキーがこけら落としの演奏をしたという、音楽ファンにとってはまさに音楽の殿堂ともいうべき場所です。まさかと思って聞いてみると、三木さんと親交のあるニューヨークで石材販売会社を営む泉さんが東日本大震災の チャリティーコンサートを、カーネギー・ホールで企画するとのこと。その後、泉さんも我々の演奏や練習を聴きに来てくれたりして、話は現実化してきました。ニューヨークまで行けるのは、多くてせいぜい60人ぐらいかなと予想していましたが、泉さんが、学生の旅費を負担すると言ったためコール・ アカデミーの現役学生・大学院生も約25人が参加することになり、約90人の大合唱団となりました。
 
 

 
 曲目は、コール・アカデミーが、 1960年に故前田幸市郎先生の指揮で日本で初演し、代々歌い継がれてきたケルビーニの男声合唱によるレクイエム。指揮者は、ニューヨークで活躍中の若手の伊藤レオナさんが振ることになり、伊藤さんも 二回来日して、熱心な指導をしてくださいました。今までの指揮者以上にテンポを変化させて、曲想を盛り上げる指揮なので、暗譜していない人は、ついていくのが大変な指揮でした。幸いにも私は暗譜していたので、新鮮な気持で歌えました。

 もう一曲、昭和41年~43年入学者による我々一二三会と昭和46年~51年入学者のウ・ボイの会が合同で藤原義久先生作曲の法華懴法を歌うことになりました。この曲は、天台宗門宗総本山園城寺の声明をもとに藤原先生が作曲したもので、昭和45年に我々一二三会のメンバーがドイツに演奏旅行に行った際に初演した曲です。しかし練習してみると、あまりおぼえていないので、必死に練習しました。
 
 カーネギー・ホールでの演奏に先立ち、2月10日に青少年オリンピックセンターで壮行演奏会が開かれ、この2曲が歌われました。しかし合宿までして練習したにもかかわらず、「法華懴法」では、「倍音まで聞こえた素晴らしい句頭師の後の、セカンドの出だしの声がまるで能天気」ケルビーニでは、「指揮者の指揮についていけてない。トップテノールの声がまとまってない。」との、私の奥さんの厳しくも的確なコメントに、一同奮起して練習を重ねました。
 
 団員のほとんどは23日(土曜日)に出発しましたが、私はクリニックがあるので日曜(24日)に一人で出発しました。飛行機では「のぼうの城」「アルゴ」と2本映画を見て、メラトニンで5時間眠ることができました。おかげでニューヨークでも、時差は感じませんでした。朝の10時頃にニューヨークに着きましたが、思ったより寒くなかったのでホッとしました。JFケネディ空港からタクシーで直接8番街の練習場に行き、11時からの法華懴法の練習に参加しました。練習後シェラトンホテルにチェックインして、また2時半からのケルビーニの練習場(場所が違う)へタクシーで行って6時までオケ合わせ。その後Japan Societyでレセプション パーティーがあり、日本酒、和牛寿司など美味しい食事に大満足。
 
 25日も11時から1時まで法華懴法の練習。移動して2時半から6時までケルビーニの練習で、指揮者の伊藤さんは2~3時間しか寝なかったというのに、オーケストラにも合唱団にも細かな指示を 精力的にだしていました。この日の夜は、何もスケジュールがなかったので、一二三会の仲間8人でミュージカルを観に行こうということになりました。ホテルに帰ってきコンセルジュにいったら、メリー・ポピンズのチケットしかなく、それも7時から始まるというので、あわててブロードウェイまで歩きました。ニューヨークは、昔カナダに留学していた35年ほど前に1度来たきりですが、その時にブロードウェイにミュージカルを見に来たときは、人通りもそれほど多くなく、薄暗いあちこちに黒人がたむろしていて、少し恐怖感がありましたが、今は華やかで明るく、人通りも多く、全く変わっていました。劇場内は子ども達が多く、メリー・ポピンズは知っている曲も多く、観客も一緒に口ずさんだりして、非常に楽しめる舞台でした。家の1階、2階、屋根裏が上から次々と変わったり、壊れた台所がメリー・ポピンズの魔法で一瞬のうちに元どおりになったりするはでな舞台装置で、メリー・ポピンズは3回も宙を飛び、最後は観客の上を飛んで空にのぼっていきました。また準主役の煙突掃除屋が、紐で支えられながら壁を歩いて登り、最後に逆さまになってタップダンスを踊ったのにはびっくりしました。当然歌も踊りも素晴らしく、大人でも十分楽しめました。ミュージカルが終わってから皆で行ったレストランは、スパゲティもスペアリブもまずくて、やはり日本食が一番と再認識しました。
 
 本番の26日の午前中もスケジュールがなかったので、ニューヨークにあるフェルメールの絵8枚を全部観てやろうと、まずフリック・コレクションへいきました。ここは、カーネギーと一緒に製鉄会社を設立したヘンリー・フリックの邸宅美術館で、「兵士と笑う女」「稽古の中断」「女と召使」の3枚を観ました。「兵士と笑う女」がフェルメールらしいデザインと繊細さ柔らかさがあり、女の人の表情も可愛くて一番があり気にいりました。そのほか、ルノアールやモネ、ドガなどの絵もありました。合唱団のメンバーも、たくさん観にきていました。
 
 


 その後歩いてメトロポリタン美術館まで行きました。ここはとにかく広くたくさんの絵があったので場所を案内係に聞いたのですが「フェルメール」では通じず、「ヴェルミア」でやっと通じて教えてもらえました。1つの部屋に4枚、隣の部屋に1枚あり、「信仰の寓意」はフェルメールには珍しい宗教的な絵で、本で見た時は判らなかった石 に押し潰された蛇が鮮やかに描かれていました。「少女」の顔は、何となく爬虫類らしい感じで、いただけませんでした。やはり一番フェルメールらしいのは「窓辺で水差しを持つ女」で、窓から入ってきた光が見事に描かれていました。印象派や若い時のピカソの絵、ゴヤ、ゴッホなど、本当にたくさんの絵がありましたが、ゆっくり鑑賞する時間はありませんでした。
 
 

 
 午後2時に、いよいよカーネギー・ホールに集合。楽屋で発声練習のあと、舞台で法華懴法のリハーサルを行いました。2800人はいるホールは、100年以上も前に作られたと思えないほど綺麗で、5階の客席まで丸いドームが広がっていました。句頭師役の4人の声が響き渡り、倍音が綺麗に ドームに鳴り、他の人の声もよく聞こえて、歌いやすい舞台でした。5時ごろからケルビーニのリハーサルで、オーケストラと共に約1時間練習しました。最近長く立っていると腰が痛くなるので心配していましたが、一番端だったために落下防止の鉄の柵があり、時々それに寄りかかって休めたので長いリハーサルも大丈夫だした。その後東京大学女声合唱団コール・レッツィアと日本人が中心のニューヨーク女声合唱団が加わって、アンコール曲の「Amazing Grace」を練習しました。これは、ニューヨーク在住の北村唯さんが、ピアノ合唱、オーケストラ用に編曲したもので、途中にソロと尺八の協演がはしります。ソロは、ニューヨークで行われたミュージカル「Billy Elliot」で主役を演じたジョゼッペ・バウズィリオ君が歌いました。ジョゼッペ君は、泉さんが指導している能・狂言のグループに入っており、そのグループが、今日の演奏会の2番目に登場することになっていました。
 
 

 
 いよいよ8時から演奏会が始まりました。どれだけ観客が入るか心配でしたが、7~8割方客席は埋まっていました。その中には、日本から来た団員の家族やわざわざこの演奏会を日本から聴きに来てくれた武田製薬の中北さんの姿もあしました。この演奏会は東北大震災とハリケーン・サンディーのためのチャリティーコンサートであることと、観客に募金のお願いうぃするアナウンスから演奏会は、始まりました。最初のステージは法華懴法で、皆黒のワイシャツ、スーツに身を固め、集中力を高めて舞台に臨みました。約30人の演奏でありましたが、指揮者の酒井さんに皆よくついて、堂々と歌い切りました。第二ステージ目は、能・狂言のグループの演奏、 第三ステージは、和太鼓と東北 民謡の演奏でしたが、楽屋にモニターがなく、全く観ることができませんでした。
 
 休憩後の第二部がケルビーニのレクイエムで、元NHKアナウンサーの葛西聖司さんの「このコール・アカデミーで歌い継がれたケルビーニのレクイエムを、東北大震災とハリケーンサンディーで亡くなられた方のご冥福を祈りながら歌います」という説明の後に、演奏が始まりました。さすが本番の集中力で、オーケストラも合唱団も、伊藤さんの変幻自在の指揮に食らいついて、青少年オリンピックセンターの演奏よりは、格段に良い演奏ができました。私自身は、中音部の発声は喉がかすれ気味で調子が悪かったので、高音部の発声に集中して、最後の「luceat eis」のAの音まで歌い切りました。そのあとの打ち上げは、会場で聴いていた団員の家族も参加し、皆「素晴らしい演奏だった」とベタ褒めで、カーネギーで歌ったという興奮もあって、合唱団員は皆ハイテンションでした。伊藤先生の挨拶、泉さんの挨拶、酒井さんの挨拶などがあり、会は盛り上がりました。ジョゼッペ君の歌、泉さんの謡、コールの合唱も飛び出し、コール・アカデミーで代々歌い継がれてきた「野ばら」でおひらきになりましたが、その後も何人かと飲みに出かけ、寝たのは午前3時でした。
 
 

 
 翌朝、指揮者の伊藤さんから 「その場の霊感に身を任せるのが私の特徴ですが、特に今日はカーネギーに住まう音楽の神々も味方してくれ、いつも以上に音楽に入り込むことができ、また違った指揮(テンポ??)になりました。 途中で、皆さんを見ながら涙が出そうになることもあったのですが、最後のAgnus Deiの輝かしい最後まで振り切ることができました。」というメールが団員全員に配信され、私も改めて達成感を感じました。
 
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