院長コラム
Vol.12 「ボルトバータル君の話」
それは、2000年に成長科学協会に届いた次のような書き出しのメールで始まりました。
前略、突然のメールにて失礼します。私は、以前青年海外協力隊員としてモンゴルに3年間滞在し、現在、留学のため、再びモンゴルに来ている横田文男と申します。先日、こちらで成長ホルモン不足により、16歳ながら122㎝の身長しかないボルドバータル君という少年と知り合いました。・・・・」当時モンゴルでは、成長ホルモンは個人輸入のような形でしか手に入らず、また高価なため、医療制度の整っていないモンゴルでは、貧しい一般庶民が成長ホルモン治療を受けることは不可能でした。
ボルトバータル君は、まだ童顔で声変わりもしていないということより、古典的な下垂体機能低下症と考えられました。成長科学協会理事長の入江先生は、協賛企業の日本ケミカルリサーチ株式会社に成長ホルモンの無償提供をお願いし、同社の芦田社長は快諾してくださいました。ここに、成長科学協会の国際協力事業の1つとして、モンゴルのボルトバータル君の主治医に成長ホルモンを送ることにより、ボルトバータル君の治療が開始されました。
16歳11ヶ月123cmで治療を開始しましたが、治療効果はてきめんで、1年目で約10cm伸び、18歳7ヶ月には138cmまで達しました。
成長科学協会では、2003年にボルトバータル君を日本に招き、当時私の勤務していた国立成育医療センターで、精査を行いました。考えていたとおりの下垂体機能低下症で、重症成長ホルモン分泌不全性低身長症、低ゴナドトロピン性性腺機能低下症と診断しました。MRIでは、下垂体低形成、異所性後葉、下垂体柄断裂が認められました。
モンゴルでは日本の大相撲が大人気で、ボルトバータル君も大ファンでした。丁度5月場所が開いており、ボルトバータル君を連れて、芦田社長と入江理事長、田引常務(成長科学協会)、横田さんと私とで、大相撲観戦に行きました(写真1)。また、入江理事長をはじめ多くの方々のご尽力でボルトバータル君は、横綱朝青龍に直接対面して励ましてもらい、このことは朝日新聞でも報道されたところです(写真2)。
成長ホルモンの送付は、2007年まで行われました。身長も160cm近くになりました(図1)。図1のように、17歳から約20cmも伸びたことになりますが、これも性腺機能不全症を合併していたために、骨がこどもの骨のままに留まっていたためです。普通に思春期を迎えたひとは、このように伸びることは絶対にありません。ボルトバータル君も成人し、運転免許をとって、現在タクシーの運転手をしています。
今年になって、ボルトバータル君は成長科学協会の援助もあってまた来日し、当クリニックでもう一度精査を行いました(写真3)。まだまだ童顔ですが、身長は小柄な横田さんを超して、160.7cmになっていました。また、成長科学協会、日本ケミカルリサーチにお礼に訪れました。やはりモンゴルでは、重症成人成長ホルモン分泌不全症の治療は受けられず、性腺補充療法なども十分な治療が受けられない状態ですが、これからも元気に生きていってもらいたいと思っています。
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