学術活動
No.4 「日本小児内分泌学会「学会賞」を受賞」
11月7~9日に横浜パシフィコで開催された第41回日本小児内分泌学会(会長 横谷 進先生、国立成育医療センター第一専門診療部長)にて、第1回の学会賞を受賞し、藤枝憲二理事長より、表彰状、賞金、記念の楯(写真)を授与されました。これまでの学会活動、成長障害での臨床研究が評価されたもので、指導してくださった先生方、一緒に働いた同僚、レジデントの先生方に感謝申し上げます。
表彰に引き続いて、受賞講演「成長障害のメカニズムとマネージメント」を行いました。
成長障害のメカニズムとマネージメント(学会賞 受賞講演)
こどもの成長のパターンは、おおきく乳幼児期、前思春期、思春期の3つに分けられます(ICPモデル:infant-childhood-puberty)。各時期において成長に大きく影響する重要な因子は、乳幼児期では栄養、前思春期では成長ホルモン、思春期では性ホルモンと考えられています。
成長障害のメカニズムも、この3つの成長パターンに従った障害が認められます。多くの低身長児は、ホルモン的には正常ですが、乳幼児期にすでに低身長になっており、主な原因は栄養摂取量の不足と考えられます。特に1歳までの伸びが悪い子が非常に多いのが特徴です。乳幼児期の状態を聴くと、ミルクの飲みが悪かった、よくミルクを吐いた、離乳食を食べる量が少なかった、食事に興味がなかったというのが、多くのお母さんの訴えで、現在も80%以上が少食と答えています。食欲のない乳幼児に、無理に食事をさせることは不可能なので、この時期の成長障害を予防するのは、基本的には不可能です。
しかし、乳幼児期に低身長になってしまって少食の子どもも、成長ホルモンの分泌が正常であれば前思春期の成長は標準曲線と平行に伸びており、それ以上低身長の程度が進む子は稀です。この時期に低身長の程度が進んでいく子は、成長ホルモンの分泌不全が多く認められるので、積極的に検査することをおすすめします。しかしながら、この時期に身長が追いついていく子も非常に稀で、よっぽど食欲が改善しないと追いついていきません。逆に、この時期に急に成長が促進する子は、思春期早発症を疑う必要があります。
思春期における成長障害は、成人身長が低くなるパターンで、われわれは「低身長思春期発来」と呼んでいます。低身長の子どもは、一般的には思春期に遅く入って、最終的には低身長の60~70%の子は、成人身長が正常(-2SD以上)になります。逆に、低身長または小柄な子どもが、思春期が遅くならずに、皆と同じかまたは少し早く思春期に入ると、成人身長は低く終わってしまいます。成人身長と一番相関が強いのが、思春期に入った時の身長です。国立小児病院/国立成育医療センターで無治療で経過観察した低身長または-1SD以下の小柄な子、男子50人、女子38人の思春期開始時身長と成人身長は、強い相関関係がありました。男子で135cm以上で思春期に入った(精巣容量が4ml)20人中18人(90%)が成人身長160cmを越えたのに対し、135cm未満で思春期に入った30人中25人(83.3%)は、成人身長160cmに達しませんでした。女子で132.5cm以上で思春期に入った(乳房が少しふくらんできた)9人中8人(88.9%)が成人身長150cmを越えたのに対し、132.5cm未満で思春期に入った29人中24人(82.8%)は、成人身長150cmに達しませんでした。男子で160cm、女子で150cmの成人身長に達しなかった人の中では、両親のどちらかが背が低い(父親160cm未満または母親150cm未満)人、出生身長45cm未満または出生体重2500g未満の人の割合が、男女それぞれ84%、71%を占めました。
成長障害の治療の方法は、基本的には成長ホルモン治療しかありません。アメリカでは、特発性低身長(成長ホルモン分泌不全や、低身長になるような原因疾患などがない低身長)に対しても成長ホルモン治療が認められていますが、わが国では保険による成長ホルモン治療は、成長ホルモン分泌不全性低身長症など認可された疾患しか認められていません。成長ホルモン治療の適応になる人は、低身長の子の5%以下なので、多くの低身長の子どもたちは、治療が受けられないことになります。
保険診療と限らずに、現在医学的に可能な治療法を述べてみます。前にも述べたように、乳幼児期の成長障害を予防するのは困難です。4~5歳で低身長の改善を図るには、2~3年の高用量成長ホルモン治療が効率的だと思われます。この間に、+1~1.5SDの改善が期待されます。その後治療を止めてからのデータは、あまり多くないのですが、SGAの海外のデータでは、やはり身長SDSが低下すると報告されています。しかし、個人的な数少ない経験では、0.5SDぐらいの低下でとどまった例もあり、少なくともcatch-upしてSDの低下が少なければ、低身長によるQOLの問題は回避できます。
思春期の伸びは、主に性ホルモン依存性ですので、思春期に入って成長ホルモン分泌能を再評価し、正常分泌の症例で治療をやめたイタリアの報告もあります。止めなかった症例と比較して、思春期の伸びも成人身長も差がありませんでした。従って、中等症や軽症の成長ホルモン分泌不全性低身長症では、思春期に入る前に高用量で治療して思春期開始身長を高くしておけば、思春期には治療をしなくても希望の成人身長が得られる可能性があります。
低身長思春期発来に対しては、成長ホルモンとLHRHアナログ治療(性腺抑制療法)の併用が効果を上げています。成長ホルモンが使えない例では、男子においては蛋白同化ホルモン治療とLHRHアナログ治療の併用療法も、効果を上げています。しかし、最低3年以上の長期の治療を必要とします。欧米では、テストステロン(男性ホルモン)をエストロゲン(女性ホルモン)に変える酵素(アロマターゼ)の阻害剤を男子に用いて、2年間の治療で5cmの予測成人身長の改善が報告されています。これは、骨端線を融合する(骨を大人の骨に成熟させて、成長を止める)ホルモンが、男子でも女子でもエストロゲンであるということが判っているため、非常に理論的には効果の上がる治療法ですが、わが国ではあまり経験がありません。
今回の受賞に際しては、私を支えていただいた多くの人に感謝しております。特に、3人の先生方には、特別のお礼を申し上げたいと思います。医者になってすぐに指導していただいた神奈川県立こども医療センターの内分泌代謝科医長(昭和48年当時)諏訪?三先生には、小児内分泌の基礎から教えていただきました。諏訪先生の紹介で留学させていただいたカナダ・マニトバ大学生理学のヘンリー・フリーゼン教授には、いつも”What’s new?”という基礎研究の心を教えていただきました。国立小児病院小児医療研究センターによんでいただいた内分泌・代謝科医長(昭和59年当時)日比逸郎先生には、患者の立場に立った臨床の心を教えていただきました。また、現在私の主な臨床研究の「性腺抑制療法」も、日比先生の臨床を発展させたものですし、成長科学協会での活動も、日比先生の後をついて行ったものです。
この受賞を励みにして、これからも低身長に悩む子、家族のために、一層の努力をしたいと思っております。